映画「軽い男じゃないのよ」を見ての感想・思った事・考えた事

こんにちは、管理人の獅子美です!

フランスのコメディ映画「軽い男じゃないのよ」を見ました。

ナンパ野郎系独身男がある日アタマを強く打ち、男女の立場が逆転している世界に迷い込んでしまうお話です。

面白かったので感想を書きます。

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「軽い男じゃないのよ」の感想

面白く、よくできている作品でした。

コメディ要素がありつつも、なかなか社会派の作品でした。

男女の立場や一般的にこうだとされている「らしさ」や役割などが、まんま逆転していました。

こういったストーリーだと、

「いやいや、それはムリヤリやがな・・・」

と、不自然に感じてしまうエピソードや設定があるものですが。

「軽い男じゃないのよ」は、細部までこだわって作られてある印象で、男女の立場の入れ替わりストーリーを違和感なく鑑賞する事ができました

本当に、もしこの現実世界も、女尊男卑の思想が昔っからずっと根づいている世界だったとしたら、男女の各ステレオタイプはこの映画のようになっていたかもしれません。

男女の各ステレオタイプを作っているものは、一にも二にも「慣習」ですよ。慣れ。

男性と女性の社会的役割の差について、「脳の構造」だとか「身体的特徴」によって必然的に分けられたんだと考える説もあるかもしれません。

そういうものもまるっきり影響してないとは言いませんが、ただ在こういう社会的男女差が生まれているのは、過去の習慣や固定観念がそのまま引き継がれているのがめちゃくちゃ大きいと思います。

パラレルワールドに迷い込んだ主人公は最初こそ困惑するものの、次第にその世界になじんで行きました。

言葉づかいも仕草もどんどん変わって行きました。

その変化は自然の事に思えて違和感はありませんでした。

やはり慣習だよなぁ。固定イメージというか洗脳と言ってもいいけど。

「男はこうあるべき」

「女はこうあるべき」

そんな慣習や固定イメージの中で、多くの人はそこから外れないように生きます。

男も女も一人一人性格や能力が違うのに「こうあるべき」と決めつけられるのはおかしな話です。

「白人はこうあるべき」

「黒人はこうあるべき」

「アジア人はこうあるべき」

と言ってるのと同じ事ですけどね。

性別の話になると「こうあるべき」が割と普通にまかり通ってしまうのは、これまた慣習ですね。

もう男女間で ある程度の生き方の差が出るのは当然の事だと思われてる。

しかし、「女らしさだとか男らしさだとか、おかしくね?」と疑問に思える人間もいて。

そういった人達が声をあげてくれたから、やっと近年では女性らしさからの解放・男性らしさからの解放(ウーマンリブ、メンズリブ)が白い目で見られずに主張できる世の中になって来ました。

この映画も、ジェンダーについての意識が上がって来た近年だからこそ制作された作品だと思います。

こういう風な映画がどんどん増えて、男性も女性も「らしさ」にしばられないのが当たり前の価値観になってくれたらいいなぁ、と個人的には思います。

「軽い男じゃないのよ」を鑑賞して思った事

「軽い男じゃないのよ」を鑑賞して特に思ったのは以下の3点。

☆男性も女性も性別にとらわれずに、もっと好きに自由に生きれたらいいのに

☆女性が仕事なんかで不当な扱いを受けるのは日本も世界も一緒だな

☆男女問わず、ハラスメントやめろ

ハラスメントに関しては、とくに付け加える事はないとして。

「好きに自由に生きる」については、自分が女だから言うわけではないですが、女性の方がより難しいと思います。2番目の不当な扱いにも通じますが。

好きに自由に生きるには、職業・仕事の選択も重要な要素として関わってきます。

バリバリ稼ぎたい女性、仕事に打ち込みたい女性もそりゃいます。

そんな中で、「男だから」「女だから」で待遇や賃金や評価に差があってはいけないのは当たり前の事ですね。

例えば、能力等が同じなのに、

「アンタは白人だからこの役職ね」

「アンタは黒人だからこの仕事ね」

「アンタはアジア人だから給料これくらいね」

と、人種によって賃金や仕事内容や役職の差があったら、すごくおかしいと思うでしょう。

そんなおかしいと思う事が、性別間での話となるとまかり通ってしまう。

今まで社会的に意識すらしてなかったでしょう。

私が数年前まで働いていた会社は、今考えればバリバリ男女の差が激しかったです。

基本給やボーナスの額は他人には尋ねたりしないのでわかりませんが、目に見える事実として、「長」が付く役職に就いていたのは男性だけでした。

同じ課であっても女性だけが誰でも出来る雑用(時間だけ食う)の仕事をやらされていました。事務職は女性ばかり。

そしてこれは今考えると本当に変な話ですが、女性だけが当番制でトイレ掃除や食堂の掃除をさせられていました。

その会社が今はどんな環境で運営されているのかはわかりませんが、男女格差の部分は変わっていてほしいものです。

数年前までの日本は、こんな性別格差がある事に気がつかないような社会でした。

でも時代は変わり、今は世界的にジェンダー格差について改善が求められている時代。

日本でも、男性女性問わず、まずはジェンダー格差に気づく事から広まってほしいですね(まだその段階なのかって話ですけど)

この「軽い男じゃないのよ」の映画のレビューで、「えっ」と思うものがありました。

男性の管理人がご自身のブログに書いていた感想でした。

「女性は社会で男女格差がある事に気づいてしまうので閲覧注意です」との事。

え?

気づいちゃいけないの?

気づかないでそのまま男女格差がある社会にいろって?

その方は悪気はないようでしたが、この発言はいただけない。

それこそ男女の立場が逆だったらとイメージした上で、もう一度ご自身の発言を振り返ってみてはいかがでしょうか。

一つ男性に理解していただきたいのは、女性は男性より立場が上になりたいのではなく、平等になりたいだけです。

「女尊男卑」なんて望んでませんし、「男尊女卑」なんてのも望みません。

「男で、性別関係なくお互いに認め合える社会になってほしいです。本当にそう望みます。

個人と個人で認め合う

映画の中でもそうでしたが、どんな世界でも声高に主張しなければならないのは弱い立場にある人間です。

誰だって不満を抱えて大きな声で主張をするよりも高い所から見物している方がいいに決まってます。

高みの見物は、自分は高尚な人間であると思えるからです。

特に日本では、強く主張する事なく慎み深い構えでいるのが美徳とされてる傾向があります。

ただ、そんな美徳をかなぐり捨ててでも、声を上げなければならない人達がいる事に我々は気づかなければなりませんね。

感情的だと排除するのではなく、その立場の人達がなぜ声を上げなければならないのか自分が高みの見物ができているのはどういう現状だからか、考えてみる事ができれば、いろんな格差の問題が解決に向かうかもしれません。

全て受け入れろという事ではありません。中には不当な主張もあるかもしれない。でも自己防衛だけが強くなってちょっと耳障りな主張は何もかも門前払いしてしまわないよう、物事の本質を見極める力は磨かなければならないと思います。

偉そうに言いましたが、自分がまだまだ磨かなければならない事でもあります。

気づけていない差別、目に入らない差別もまだ色々とある事でしょう。

規模の大きいジェンダーの格差を解決して行けば、他の問題の解決策にもなり得る事が見いだせると思うので、是非ともジェンダー格差の解決を望みますね。

そして、「らしさ」から解放されて、個人個人好きに生きれたらいいです。

今回、この映画を見た事によって、ジェンダーについてじっくり考えてみるキッカケとなりました。

ネットフリックスでしか配信されていないようですが、多くの方に見てもらいたい映画です。